ペルー人を主体とした日系人学校「ムンド・デ・アレグリア」校(浜松市卸本町、松本雅美代表)に、このほどスズキ、ホンダ等の自動車産業に関わる地元各企業が経営支援の寄附を決定した。
支援を表明したのはエフ・シー・シー、金田工業、東洋
機製造、八鈴興業、ベルソニカ、スズキビジネスなど53社で、スズキを含む各社合計で2千万円の寄附を見込んでいる。これを受けて、同校では3月の新学期から授業料を従来の月平均4万円から2万円に引き下げることを決定した。
「ムンド・デ・アレグリア」校は、2003年2月に開設。2年を経過したが、個人資金に頼った苦しい運営が続いていた。
【補足説明】 |
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支援決定の経過 |
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今年2月、浜松商工会議所の定例会終了後、外国人児童の不就学問題に関心を持っていた浜松商工会議所の山内啓司副会頭(スズキ常任顧問)が、浜松における外国人児童の就学実態とペルー人学校の窮状などを同所の山本佳英副会頭(エフ・シー・シー社長)に話し、支援を要請した。山本副会頭は、ホンダ系各社に寄附を働きかけることで同意。スズキ・ホンダ等のそれぞれの有志企業から支援の賛同を得ることとなった。
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2. |
「ムンド・デ・アレグリア」とは |
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「ムンド・デ・アレグリア」は、松本代表がかつてスズキに勤務して日系人の通訳と日常の世話をしていた縁で、2003年2月に開校した。校名の「ムンド・デ・アレグリア」とは「喜びの世界」という意味で、日本の学校に行っても理解できず、外国人学校は高すぎて経済的に行けず、結果として家庭に閉じこもっていた子供達に「学ぶ喜び」を知ってもらおうという願いから名づけた。
開校時には、ペルー国総領事が来校し協力を約束し、浜松市からも机とイスの貸与等の支援を受けた。しかし、いわゆる「私塾」扱いであったために金銭的な支援は受けられず、学校運営は授業料と関係者の個人資金で賄う苦しい運営が続いていた。
2004年12月には、「ムンド・デ・アレグリア」の実績を浜松市国際課、県私学審議会が認め、南米系外国人学校としては日本で初めて「各種学校」の認可を取得した。
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3. |
行政の支援 |
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浜松市には同校の他にブラジル人学校も3校あり、4校で約700人の日系人子女が学んでいる。しかし、授業料は行政の支援がないために月4〜6万円となり、さらにバス代や給食費もかかる。公立小中学校の場合は一人当り月5千円程度ですむのに比べて10倍ほど高く、不就学児童を生む主要な原因となっていた。
「ムンド・デ・アレグリア」校が「各種学校」の認可を取得したことにより、浜松市は来年度予算に145万円の補助を決めた。
一方、浜松市が外郭団体「外国人学習サポート協議会」を介して運営するブラジル人向け補習授業教室「カナリーニョ教室(2002年4月設立)」には、小学校の空き教室の利用を認め、毎年2千万円の補助が継続されているなど、両校に不公平な補助の差が生じている。
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「カナリーニョ教室」 |
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カナリーニョ教室は、不登校の子供を登校できるように指導する目的(ブラジル不就学児童対策)であった。現状は当初の目的と違い学校に籍がある子供の補習教室となっていて、不登校の子供が勉強しているのではない。
カナリーニョ補助金は、県の「緊急地域雇用創出特別対策事業費補助金」から3年間の限定で支出されている。これを、カナリーニョ教室の講師の人件費に充てている。
県からの予算が切れる4年目(2005年4月〜)からは、浜松市が予算組みしている。
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4. |
コメント |
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支援を決めたエフ・シー・シーの山本社長は、「非営利で頑張っているムンド・デ・アレグリア校の話を聞き、我々が知らぬ顔をして済ませる訳にはいかないと思った。これは浜松地域全体の問題である。ホンダグループの仲間に声をかけ、協力することにしました。」と語った。
支援を決めたスズキの鈴木修会長は、「学校運営を個人でやるのは限界がある。地元のためになることなので、永続できるよう企業としても応援しようと呼びかけたところ、多くの賛同を得てまとまった金額となり、喜ばしく思う。授業料を安くして経済的理由の不就学児童をしっかり呼び入れる努力をし、立派な日系人2世3世を育てて欲しい。」と語った。
支援を受けた松本雅美代表は、「日本がバブルのころ、自動車産業は人不足を日系人に助けてもらった。今、その子供達が日本に定住するようになり、不就学児童が問題になっている。私たちは、その子たちにキチンと教育を受けさせたいということと、不就学児童が成人した後に日本の社会に及ぼす悪影響を憂慮してこの学校を始めたが、この考えを産業界も支持してくださり大変うれしく思う。」と語った。 |