ヒラメ、トリガイ、カニやエビ。
網にかかるものは年々変わっていく。
愛知県常滑市で漁師を営む山田敏喜さん。
その相棒は軽トラック、キャリイだ。
変わりゆく海をしなやかに生き抜く
山田さんに話を聞いた。
漁師のマイルールは
「生きて帰ること」
まだ朝日がのぼる前の午前4時、海岸沿いの細い道を1台の軽トラックが走り抜ける。愛知県常滑市で漁師を営む山田さんが長年乗ってきたキャリイだ。常滑港に着くと、山田さんはキャリイから船へと乗り換える。まだ暗く静かな海に船のエンジンが鳴り響く。山田さんは船を走らせ、仕事場である伊勢湾の漁場へと向かっていく。
海は穏やかで美しいときもあれば、猛然と荒れ狂うときもある。 10年ほど前、山田さんとお父様は2人で漁に出た。だがその後、強風が吹き天候が急変する。「波が高くなって船が走れんもんでさ。ふだんは30分のところを2時間かけて帰ってきたよ」と山田さんは当時を振り返る。漁師という仕事のマイルールをたずねると「生きて帰ること」だという。海という仕事場は過酷な環境だ。沈む夕日が常滑港をオレンジ色に染める頃、山田さんの船は港に帰ってくる。そこには、今日も山田さんの帰りを待つキャリイがある。
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漁船の操舵席に座る山田さん。日々表情を変える海へと向かう。
重い水槽を載せて、
力強く走るキャリイ
取材にうかがった6月下旬は、ちょうどトリガイ漁が終わりを迎える頃。昨年までは獲れなかったトリガイが、今年は山田さんの網に多くかかった。伊勢湾で獲れるものは、年々変わっているという。昨年はヒラメやアカガイが多く獲れた。一方で、ある時期まで獲れていたアサリやシャコは突然姿を消した。「おるもんを獲る」それが、海という変わりゆく自然を相手にする山田さんの漁のスタンスだ。
午後4時、水揚げした魚介をキャリイの荷台に積んである大きな水槽へと移していく。生きたまま市場へと届けるためだ。貝のように小さなものから、ヒラメのような大きなもの、どんなものでもキャリイの荷台は積みやすいという。重い水槽を積んでも、キャリイは力強く走る。そんな加速性能を山田さんは気に入っている。漁港の細く入り組んだ道もキャリイなら小回りがきいて頼もしい。今日の獲れ高を積み込んで、山田さんとキャリイは家路につく。
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20年以上乗っている漁船は、海の上の“相棒”だ。 -
キャリイの荷台の水槽に水揚げした魚介を積む。
キャリイが漁師の1日を
足元から支える
山田さんの家は、祖父の代から漁業を営んできた。以前は海苔の養殖を行なっていたそうだ。川から豊かな栄養が流れ込む遠浅の海は、海苔の名産地だった。山田さんは幼い頃から家業を手伝い、祖父や父親の背中を見て過ごしてきた。後を継いだ当初も、メインは海苔の養殖。しかし気候の温暖化や環境の変化など様々な要因で、海苔の収穫量が年々減少。20年前に、現在のように船で海に出てあらゆる魚や貝を獲るスタイルの漁業に変えた。
キャリイに乗り始めたのはちょうどその頃。乗り継いで、そのつきあいは20年近くにおよぶ。長く使い込む中で、キャリイの進化も実感いただいているようだ。「タイヤの位置が変わったよね。乗り込みやすくなった」足元のスペースにゆとりを持たせ、足のすり抜けがスムーズに行なえるキャリイ。長靴を履いて何度も乗り降りする山田さんの1日を、足元からしっかり支えている。
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20年ほど前、海苔の養殖から漁船での漁へ。 -
重い水槽を積んでしっかりと走るキャリイ。
変わりゆく海と、
変わらない“相棒”
午前2時。前日獲れた魚を載せて市場へ向かう。水揚げが始まるまでの2時間近くを山田さんはキャリイの中で過ごす。忙しい1日の中で、この時間が山田さんにとって束の間の休息なのかもしれない。やがて静まりかえっていた市場が動き出す。山田さんはキャリイから降りると、水槽から獲れた魚や貝を降ろし、市場へと向かっていく。そうしてまた、漁師の1日が始まる。
大漁の日もあれば、まったく獲れない日もある。「何もおらん時期がある。何か月も続く。しんどいよね」山田さんはそう語る。仕事でいちばんうれしいときは?そう聞くと「そりゃたくさん獲れたときだよ」という。飾らないその言葉の裏には、海という自然を相手にたくましく生き抜く漁師の矜持が感じられる。山田さんにとってキャリイとはどんな存在ですか?最後にそうたずねると、「長く乗ってるからね。ま、相棒なのかな」山田さんは照れくさそうにそう語ってくれた。
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海という自然と向き合う漁師の1日をキャリイが支えている。