目的
DEN-RACE soloの開発において、Sズキでは数多くのアイデアを試行した。
開発で発生した不具合と対策、惜しくも採用に当たらなかった技術、メンバーのコメントなどを展開し、皆様へワクワクの共有を行う。
技術開発報告
車体技術
DEN-RACE soloは振動を推進力に変換して前進する。
振動が強ければ推進力は大きくなるが、同時に部品は激しい振動に晒される。
本章では車体を構成する各部品及びレイアウトの工夫について紹介する。
リヤフレーム
バッテリーを保持するフレーム。開発の初期には3Dプリント品を採用していたが、試験中の破損が相次いだ。これをフィードバックし、DEN-RACE soloは開発初期よりアルミ製フレームを採用した。
当初より疲労破壊も織り込み済みで、夜会までに複数台の予備フレームが製作されている。
コメント:開発者
ブラシを抱えるように構成されており、まるで寄生するかのように組付けられている。アルミ溶接というSズキだからこその魔の技術で構成される事で無駄なボルトをなくし、軽量化を達成している。
マイコン及びESCレイアウト
1.5号機では機体先端にマイコンとESCが設置されていたが、テストを繰り返すうちに故障が頻発。原因は振動によるものであった。本番機であるDEN-RACE soloは、振動の少ない箇所を検証し、ハウジングの上面にレイアウトした。実際に故障の発生頻度は下がり、高い信頼性を実証した。
コメント:開発者
振動により何度もコンピューター内部が破壊され、動作不良を繰り返し技術者たちが頭を抱えることになった。更に本番数日前にネットワーク環境の不具合でソフトウェアの開発が出来なくなり、技術者を悩ませた。
電動マッサージ器
DEN-RACE soloの主機は、魔改造された電動マッサージ器である。
本章では、マッサージ機能を維持したまま走行性能の向上に挑んだ魔改造マッサージ器について紹介する。
MA-711改 “金属化タイプ”
純正の樹脂製軸は高い負荷に耐えることが出来ず、ヘッド内の樹脂部品を全て金属へ置換した。最適材料を選定すべく、錘は比重の高い“鉄”、ハウジングは軽量な“アルミ”、軸は軽さと強度を兼る“チタン合金”を採用。最大出力で1分動作すると、2時間は手の痺れが取れないという証言がある。
コメント:開発者
魔の調整人が技術者を説得することで召喚された。調整人も最初は「鉄もチタンも大差ない」と製作に後ろ向きであったが、チタン軸召喚後は「自分が間違っていた。全然違う。」と謝罪してしまうほどの魔力を放っていた。
回転軸変更タイプ
電動マッサージ器を縦に配置すれば、ロール軸に反トルクが発生する。これが直進安定性に与える影響が懸念された為、対策として振動軸をヘッド内で90度回転した電動マッサージ器が試作された。
小さなスペースに機構を詰める為、3Dプリンタをフル活用した複雑な形状をもつ。
コメント:開発者
見た目が大変よい。狭いヘッドにベベルギアと錘を押し込むのに苦労した。実機では懸念したほどのロール挙動は発生せず、お蔵入りやむなし。錘と軸の固定部品は、試作班の方に削り出して頂いた。かっこいい。
ブラシ
DEN-RACE soloは、振動をブラシに伝えて“ねこじゃらし”の原理で推進する。
古来より伝わる遊びと原理は同じであるが、参考文献は多くない。
モデル化すれば変数が多く、応用が難しい点も難易度を上げる。
DEN-RACE soloの速さの秘密、ブラシについて紹介する。
農機具洗いブラシ“R”
毛の角度が特徴的なブラシ。計算解析班は力学モデルから検討を行い、最適角度43°を試算したが、このブラシはこれに漸近する角度を持っていた。
大量に手配し、毛先のチューニングや選別テストを実施。もっとも優れた性能を示した赤いブラシをDEN RACE soloに採用した。
コメント:開発者
その形状はこの競技のために作られたとも噂される。
カラーバリエーションが豊富であるにも関わらずこの真っ赤な血のような色をマシンに使用していることも技術者たちが魔に取り憑かれていた証拠に他ならない。
農機具洗いブラシ“ZERO”
最初期に購入した大量のブラシから発見された。
電動マッサージ器を搭載するのに適した大きさと、何よりも推進力を発揮することが出来る点が重要。
零号機から1.5号機まで、多くの試作機に採用された。先端にヘラが付いていて、頑固な汚れを落とすこともできる。
コメント:メンバー
スキー場の雪落としコーナーで再会して嬉しい気持ちになった。けれど夜会の秘密は守らないといけないので、誰にも言えなかった。来シーズンは言いふらしたい。スノーボードから氷を落とす時も先端のヘラが便利です。
斜板
計算解析班の導き出した理想を自らの手で叶えるべく、設計された推進ユニット。剛性を重視したアルミ製ユニットに、板厚2mmの鉄板が理論上の最適角度43°で設置されている。共振を利用する推進方法であることから、鉄板ユニットは破損前提の交換式。2時間程度のテストで予定通り折損する。
コメント:計算解析担当者
意地とプライドを詰め込んだ意欲作であり、アイドリング時の迫力は一見の価値あり。走行時は鋼板ならではの迫力のあるサウンドを奏でる。
前脚構造
DEN-RACE soloの前方には、車体の転倒を防止する前脚が備わっている。
一方で、前脚は常に路面と接触し抵抗となる構造でもある。
この相反する要素を兼ね備えた設計が必要となる。
本章では、この背反に挑むべく試作された前脚構造を紹介する。
ステンレスワイヤータイプ
走行の抵抗にならない事と、姿勢保持機能の両立を目指し、先端はステンレスのバネ素材を採用。
開発時より強度に懸念もあったが、より速いモンスターを目指して採用された。本番2走目前のマッサージ中に右ワイヤがリーダーの肩に当たり折損。コントロールを失ってDNFとなった。
コメント:開発者
スキータイプだとコース仕切りに引っ掛かり走行不能となることが納品直前に判明したことも寄与し、結果的に最高の接地具合を生み出せた。仕様上折損に弱いため、マッサージ器としてご利用の際は取扱いにご注意下さい。
スキータイプ
ワイヤータイプの少し前に開発された前脚構造。
特徴は強度を優先した大ぶりなスキー板である。
抵抗が大きく接触する度に進路が変わる弱点があったが、滑走面にテフロンテープを貼付してμ値を下げる対策で、ある程度の克服に成功した。“速い方優先“で、ワイヤータイプが選定される。
コメント:開発者
パイプタイプの弱点を解消しつつ、「地面には触れるか触れないかギリギリの位置にしたい」という関係者要求のもと作り出された。本番を想定したアスファルト試走でテフロンテープが即ダメになり、改善案検討を急いだ。
パイプタイプ
1.5号機の初期型に備えられた前脚。アルミのパイプをくの字に曲げて先端を地面に接触。支持多角形を広げて機体のバランスを取る。1.5号機と共に初号機の部品を流用して製作された。大きな特徴は無いが、その開発スピードは1.5号機の躍進につながる重要なピースである。
コメント:開発者
ブラシ一本化の際に「倒れるなら支えればいいじゃない」の一言をもとに瞬時に作り出された、姿勢維持機構の原初の姿。円形パイプは回り留めが無く、すぐに接地位置が変化し姿勢維持できなくなってしまっていた。
操舵機構
DEN-RACE soloは電動マッサージ器を1基に絞る事で軽量化を実現した。
その背反として電動マッサージ器の出力調整による操舵が行えない。
対策として、外付け式の操舵装置を開発・搭載した。
操舵装置には、速度のロスなく安定した操舵を行う事が求められる。
本章では、これを達成すべく開発された操舵装置について紹介する。
コントロールロッド方式
強度と軽量化を求め、主材にはアルミを採用した。
先端には、路面への食いつきを考慮した厚手の柔らかいEPDMスポンジ材を備えた。アーム長さは、長くなるほどクイックな操舵性能になる。長さは20mmピッチで調整し、操縦者が最も扱いやすいセッティングとして240mmが選択された。
コメント:メンバー
本業では、様々な場面でお世話になっているEPDMスポンジ。魔改造においても当然、レギュラーメンバーです。この他に、コンピュータの防振等にも活躍しています。
いつもありがとうございます。
旋風方式
コントロールロッドタイプ最大の弱点は、旋回が減速動作による事である。解決策として機体にスラスターブロアを設置する方式が試作された。
旋回性能は確認できたが、方向を切替える際に一度ブロアを停止してから逆回転させる必要があり、レスポンスの遅さが致命的な欠点となった。
コメント:開発者
ヘリコプターの操舵方法から着想したアイデア。
ブラシ方式は地面を滑るように推進するため、操舵抵抗を減らすことがスピードアップに直結すると考えたが、レスポンスの悪さを解消できず採用には及ばなかった。
ジャイロ方式
旋風方式の弱点、レスポンスの低さを補う新技術。
高速回転するディスクのジャイロ効果を利用して機体のバランス維持と旋回機能を実現する。
ベンチテストでは旋回動作に成功した。しかし、実機テストでは初号機の重量に勝てず、取りまわす事が出来なかった。
コメント:開発者
我々自動車メーカーが当たり前だと思っているタイヤ回転によるジャイロ効果は、レギュレーション上失われた。「黄金の回転」を取り戻すべく取り組んだ試作。
操縦装置
DEN-RACE soloと操縦者は操縦装置を介して一心同体となる。
時速7kmで遠ざかるDEN-RACE soloを25m先の小さなゴールへ導くため、
操縦装置には精密な操作性が求められる。
様々なアイデアが試行され、本番用の操縦装置は実走テストを経て選出された。
本章では、追求の過程で生まれた操縦装置を紹介する。
DEN-R CONTROL PAD
本体へ制御信号を送信するマイコン、モード切替スイッチ、そしてコントロールロッドを操作するボリュームダイヤルが付いている。
ボックス内部には感度調整用の可変抵抗等と、電源である9V角型電池が設置されている。様々なアイデアから、操縦者の好みで選択された。
コメント:メンバー
本番1日前の深夜にようやく完成した。マッサージから操縦者を保護する為、走行モードとマッサージモードの切り替え機能を有するが、事前の確認時間が不足し、マッサージモードでも十分に痺れる出力となった。
試作型①:二丁拳銃
ラジコン用プロポを二台持ちする操縦スタイル。
マッサージ器を2本使用する零号機及び初号機に採用された方式。熟練の技で2つのモーターを繊細に操る。操縦難易度が高く、コストオーバーもあったため早期に別方式の開発に移行した。
零号機開発者の小串主幹は巧みに乗りこなした。
コメント:開発者
2台のプロポを2台の電マそれぞれのコントロールに使った。2台の回転を合わせないとまっすぐ走らないので、繊細なアクセルワークが必要。その姿より二丁拳銃とよばれ、メンバーの憧れとなりマネをする人が続出した。
試作型②:3ボタン
M5Stackマイコンをそのまま使用した。表面に標準装備されている3つのボタンを、ON/OFF、左右操舵に割り当てている。マイコンを介する事で、操縦難易度や今後の開発難易度の簡易化を狙った。事実、最初の25m完走はこのコントローラが達成。
その後の開発につながる地味ながら重要な1台。
コメント:開発者
マイコン単体で使え、シンプルな仕組みのため早期完走の立役者。旋回量の微調整がチョン押しでやや難しい。ジョイスティック開発までの1週間使用。
試作型③:ジョイスティック
M5stackマイコンの純正オプションであるジョイスティックを用いた操作方式。押し込み動作で起動、左右に倒すことで2本のマッサージ器の出力を調整して旋回動作につなげる。シンプルな構造で量産が容易。零号機から参号機まで、2本以上のマッサージ器を使用する様々なテスト機に活用された。
コメント:開発者
M5Stackマイコンのジョイスティックユニット使用。配線はコネクターに挿すだけなので少しでも早くテストするのに有効であった。プログラムは3ボタンの応用。
試作型④:ヘッドスライダー
スライダー型のスティックで操舵機構を操作する。スティックはマッサージ器のヘッドを使用した。
ヘッドは人が握りやすい大きさで、肌触りも良好。
特筆すべき点として、ヘッドは振動機能が継承されており、操縦者の緊張をほぐす機能が付いている。操作感が大味となってしまい、落選した。
コメント:開発者
電動マッサージ器のヘッドをつまみに採用したスライド方式の操縦装置。ヘッドの位置でリニアに操舵角を決定する。ヘッド内に小型の振動モーターを搭載し、コントローラ単体でもマッサージ機能を有する。
試作型⑤:金の天秤
コントローラ中央の天秤型ハンドルでコントロールロッドを操作する。天秤の両端にかけるの荷重バランスがポイントで非常にピーキーな使い心地。ホールド感を重視したゴージャスな専用グリップもチャームポイント。練習時間が不足しリーダーの適応が間に合わず落選した。
コメント:開発者
オートバイの様に左右にリーンインしながら操舵するイメージより、天秤を左右に傾ける操作が直観的であろうとの算段により試作に至った。指かけ部など、細部の意匠にも注目してほしい。
おわりに
DEN-RACE soloの開発を主導した二人の技術者のコメントを掲載する。
我々Sズキは、これからもワクワクの探究を続けてゆく。
お客様の立場に立って価値ある製品を
『なぜ動くのか、速いか理解できない。まるで静止画のようなモンスター』
…自分が視聴者だったら、そういうモンスターを見たいと思った。
お客様の立場に立った価値を追求できたからこそ、DEN-RACE soloは生まれた。
五味 亮平
小・少・軽・短・美を目指して
必要なものを必要な分だけ。最小構成で作りたいという思いがあった。動力源を増やせばスピードが上がるという固定観念を打ち破り、必要最低限を詰め込んだDEN-RACE soloは小少軽短美の体現といえる。
町村 栄駿